清水卯一

陶歴

清水卯一は、大正15年、五条通で陶磁器卸問屋を営む家に生まれました。
小学校卒業後は商業学校へ進学しますが、近所のろくろ職人の仕事に強く惹かれ、陶芸を作る方への関心を深めていきます。やがて学校を中退し、14歳で八瀬に工房を構えていた石黒宗麿のもとへ通うようになりました。
実際に八瀬へ通った期間は半年ほどといわれていますが、その後は京都市陶磁器試験場で学び、昭和20年まで助手として勤務します。
終戦後、五条の自宅に工房を構え、本格的にやきもの制作の道を歩み始めました。
 
最初期の頃、清水卯一は、1947年に前衛陶芸家集団とされる「四耕会」の結成に参加するなど、同時代に広がりつつあった、土による新しい造形表現を目指す動きに影響を受けた作品を制作していました。
その後、白マット釉、柚肌釉、酸化焼成による柿釉など、さまざまな釉薬の研究に力を注ぐようになります。そして、力強い大型の壺を制作し、公募展へ出品するようになっていきました。
 
1955年に設立された日本工芸会にも参加し、この頃から石黒宗麿との関係も再び深まっていきます。柿釉、油滴釉、青磁などの研究に取り組み、中国陶磁の流れをくむ作風へと変化していきました。
 
1970年、45歳の時に五条を離れ、滋賀県蓬莱山麓へ窯を移し、「蓬莱窯」を開設します。そして、念願であった登り窯を築きました。
この頃から、後の代表作へとつながる氷裂貫入青磁や鉄釉による作品を次々と発表していきます。さらに、蓬莱周辺で採取した土や釉薬の研究を重ね、蓬莱磁、萌黄瓷、淡青釉など、新たな釉薬表現による作品も生み出していきました。
こうした活動が高く評価され、1985年、60歳の時に鉄釉の技法によって重要無形文化財保持者の指定を受けます。
 
1987年頃からは、「鉄釉白流し」という新たな技法による作品制作を始めます。それまで影響を受けていた中国陶磁の作風から少しずつ離れ、土の柔らかさをそのまま生かした動きのある造形と、その形をより引き立てる釉薬表現によって、新しい作風へと展開していきました。
さらに、書の作品も手がけるようになり、その表現は陶芸作品の中にも取り入れられていきます。「雪月花」「春夏秋冬」「柳風」「山花野」など、柔らかな造形の上に、力強く躍動感のある文字が描かれることで、それまで積み重ねてきた作陶の集大成ともいえる、ダイナミックな作品へと発展していきました。
 
そこには、蓬莱の地で過ごした日々の営みも深く結びついているように感じられます。鮎釣りを楽しみ、畑で野菜を育て、山々を歩きながら土や釉薬の原料を探す――そうした豊かな自然の中での体験が、作品の中にも自然に表れているようです。
 
生涯を通して、技法や造形は常に変化を続けました。しかし、晩年に制作された、鉄釉による柔らかな造形に白い釉薬を大胆に重ねた作品には、どこか初期作品にも通じる面影が感じられます。

1926(大正15)京焼陶磁器卸問屋・清水卯之助の長男として京都市東山区五条坂に生まれる
1938(昭和13)商業中学に通うが、轆轤を回すことに興味を抱き近隣の轆轤名人 通称泥鉄にならう
1940(昭和15)築窯師の叔父の薦めにより作陶の道へ
       石黒宗麿に師事 精神性に深い感化を受ける
1941(昭和16)  京都国立陶磁器試験場の伝習生となる
1943(昭和18)京都市立工業研究所窯業部の助手となる
       戦時下のため軍需品の陶磁器の制作研究を行う
1945(昭和20)京都五条坂に開窯
1948(昭和23)四耕会を結成
1949(昭和24)緑陶会を結成
1950(昭和25)京都市美術展で市長賞を受賞
       京都陶芸家クラブ新作陶展で最優秀賞を受賞
1951(昭和26)京都府工芸美術展で最優秀賞を受賞
1953(昭和28)現代工芸連合展で奨励賞を受賞
1954(昭和29)京都陶芸家クラブ展でクラブ賞を受賞
1955(昭和30)第一回日本陶磁協会賞を受賞
       第二回日本伝統工芸展に石黒宗麿の推薦で出品
1958(昭和33)日本工芸会正会員となる
       日本伝統工芸展で奨励賞を受賞
       日本橋三越にて第一回清水卯一作陶展を開催
       陶磁史家小山冨士夫より一文を寄稿いただく
1959(昭和34)ブラッセル万国博覧会でグランプリを受賞
1960(昭和35)日本伝統工芸展で日本工芸会総裁賞を受賞
1961(昭和36)柿天目壷が皇居吹上御殿用に買い上げ
1962(昭和37)プラハ国際陶芸展で金賞を受賞
       日本伝統工芸展で朝日新聞社賞を受賞
1963(昭和38)日本伝統工芸展鑑査委員となる
       ワシントン国際陶磁器展で最高賞を受賞
1964(昭和39)日本工芸会理事となる
1967(昭和42)イスタンブール国際陶芸展でグランプリを受賞
1969(昭和44)皇居新宮殿に柿釉壷を制作 宮内庁買上げ
1970(昭和45)バロリス国際陶芸ビエンナーレ展で名誉参加賞を受賞
       滋賀県旧志賀町の蓬萊山麓に「蓬萊窯」を開窯し京都から移住
1973(昭和48)日本伝統工芸展で二十周年記念特別賞を受賞
1977(昭和52)日本陶磁協会賞金賞を受賞
1985(昭和60)「鉄釉陶器」の技法により重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される
1986(昭和61)英国皇太子御夫妻ご来日の際に京都市伝統産業会館にて特別実演を行い
        蓬莱燿茶碗を献上
        紫綬褒章を受章
1988(昭和63)京都府文化功労賞を受賞
1991(平成3)  伊勢・式年遷宮記念神宮美術館へ蓬莱掛分扁壺大地百花を献納
1992(平成4)  滋賀県文化賞を受賞 京都市文化功労者表彰を受ける
1995(平成7)  紺綬褒章を受章
1998(平成10)京都府文化賞特別功労賞を受賞 勲四等旭日小綬章を受章
2004(平成16)77歳にて永眠
 

 

 

作品

1953(昭和28) 灰釉壺

1953(昭和28) 灰釉壺

1953(昭和28) 白釉宝瓶

1953(昭和28) 白釉宝瓶

1954(昭和29) 白釉宝瓶

1954(昭和29) 白釉宝瓶

1957(昭和32) 柿釉壺

1957(昭和32) 柿釉壺

1958(昭和33) 壺

1958(昭和33) 壺

1966(昭和41) 墨流し緑釉壺

1966(昭和41) 墨流し緑釉壺

1967-68(昭和42-43)黄瓷茶盌

1967-68(昭和42-43)黄瓷茶盌

1969(昭和44) 青瓷紅彩盤

1969(昭和44) 青瓷紅彩盤

1975-77(昭和50-52) 鉄燿茶盌

1975-77(昭和50-52) 鉄燿茶盌

1977(昭和52) 鉄燿香合

1977(昭和52) 鉄燿香合

1978(昭和53) 青瓷蓋付壺

1978(昭和53) 青瓷蓋付壺

1981(昭和56) 黄蓬莱鉄堆鉢

1981(昭和56) 黄蓬莱鉄堆鉢

1982-83(昭和57-58) 蓬莱磁堆線壺

1982-83(昭和57-58) 蓬莱磁堆線壺

1985(昭和60) 鉄燿条壺

1985(昭和60) 鉄燿条壺

1987(昭和62) 鉄燿白流扁壺

1987(昭和62) 鉄燿白流扁壺

1996(平成8) 蓬莱掛分扁壺  風雪

1996(平成8) 蓬莱掛分扁壺 風雪

1996(平成8) 蓬莱掛分扁壺  風

1996(平成8) 蓬莱掛分扁壺 風

1996(平成8) 蓬莱鉄燿扁壺  

1996(平成8) 蓬莱鉄燿扁壺

1996(平成8) 蓬莱鉄燿扁壺  

1996(平成8) 蓬莱鉄燿扁壺

1996(平成8) 蓬莱鉄燿扁壺  

1996(平成8) 蓬莱鉄燿扁壺

1989(昭和64) 「荒い土 粘い土 さくい土 土にはそれぞれ持味がある」

1989(昭和64) 「荒い土 粘い土 さくい土 土にはそれぞれ持味がある」

1996(平成8) 「花紅」 

1996(平成8) 「花紅」